月月月月月

 

幸せな初恋の記憶があれば、その後も少しだけあたたかい気持ちでいられると思う。はじめて誰かを好きになるということ。叶っても叶わなくても、人生のいろんな数値が、ちょっぴり底上げされる。それは本人が気づかない程度にかすかなもので、だからこそ控えめにそのひとを彩るのだろう。淡い光をたたえたあの子は、きっと幸せな思い出を持っている。そう思うだけで、救われる気がしないか?

だれかにときめきを覚えること、憧れることほど瑞々しい感情はない。恋や愛という言葉では重たすぎる、気づいてしまう前のまだ若い想い。やがてああこれが恋なのだと知って、加速していく。熱を伴う。堪えきれなくなる。ああなんて素敵!人間はなんて素敵なんだろう!初々しいふたりを見ているだけでお腹が満たされる気がするよ。そういう妖怪なのかもしれないな。

 

描かれたものはみな綺麗に見えるけれど、恋とはその実ひどく爛れたものばかりだ。美しいものは押し並べて次第に濁る運命にある。ぴかぴかなまま残しておくためには掃除し続けるしかないけれど、掃除をすればしただけの雑巾が残る。汚れきったものがたくさん生まれる。だれもそれを、省みない。悲しいことだ。

そう、夢を壊されたひとほど、もっと大きな夢に焦がれていたんだなあと思う。次こそは幸せでいられるはずだと目を輝かせる。事実そんなことはなくて、過度な期待を未来から前借りしたせいでむしろ虚無感に苛まれたりするのだけど。わたしはそういうひとを恐ろしいと思った。そして愛した。愛されず生きることを忘れたひと、もうひとりでは立っていられないひと。脆いひとを、支えているわたし。足蹴にして、さらに愛させるわたし。満足のいく構図だった。懐かしい話だ。

 

明日はとても大きな月が見られる日だそうで、でも雨かもしれないらしい。雨の気まぐれさは嫌いではないけれど、肝心なところさえそういう態度だとちょっと笑える。なにも明日じゃなくたってよかろうに。

月は好きだ。太陽は眩しすぎる。「月が綺麗ですね」という言葉は陳腐になってしまったけれど、確かに愛しいひとと見たくなる光だと思う。

あなたを愛しているとそれとなく伝えたい時、選ぶ言葉はこんなにも美しい。わたしはなんと言うだろうか。黙っているかもしれない。穏やかな沈黙は、至上の愛だと思う。ふたりで互いを(いとしい)と思いながら、身体を寄せていたい。好きあった者同士は体温を言葉にできる。充分に伝えあえる。あなたが鼓動を聴いている時、わたしもまたあなたの鼓動を聴く。どうしてかそれだけで、なにもかもから赦された気になれる。委ねあえば、もう、そこで世界は終わってしまうのだ。幸せなまま。満たされたまま。本当に、死んだっていいと思える。死にたくて、だれかを愛しているのかもしれない。だとしたらめちゃくちゃだ。世界は最初からめちゃくちゃだった。わたしたちも、例外でなく。

×××、君にも見えていますか?ねえ、君と月を見たいと思う。生きてくれと君は言うけれど、やっぱりわたしは死にたいんだ。君に愛されているうちに。ああ、でも君はそういうあなたも好きだと言うんだろうね。知ってるよ。君はそういう子。恋に盲目で可愛い君。君がおおきくなるまで、わたしはここで待っていよう。待たせた分の幸せを、必ず持ってくるんだよ。わたしを待たせるんだから、そのくらい。ね。

 

幸せであってもいいのだと、自分に言い聞かせなくてはいけない。手にした幸せを恐れて、手放してしまわないように。手前が傷つくのは手前のせいだが、相手に傷を与えてはいけない。それこそ、手前にそんな資格はないよ。

幸せであってもいいのだ。きっと。それは愛しいひとに認められて、はじめて真実になる。

恐れてはいけない。恐れてはいけない。

いつから涙を、つらく悲しい時にだけ流すものだと思っていた?満たされた心から溢れた幸せも、涙に変わるものだろう。

 

もう、許容量を超えていたらしい。

遠く、月が滲む。